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エルメス

エルメスの誕生物語

「エルメス」が誕生したのは、1837年です。
日本の歴史でいうと江戸時代の後期、坂本龍馬が活躍していた時代ですね。
坂本龍馬

創業者のティエリ・エルメスは、幼い頃に馬具屋の仕事を手伝っていました。
旅人の馬車や、馬の世話をする仕事です。
彼は気持ちを込めて、その仕事に一生懸命取り組んでいました。
その仕事ぶりに感動した顧客が、パリへ呼んでくれたことが
ティエリの人生の
大きな転機となります。

その当時パリでは、馬車はもっとも重要な輸送手段の1つでした。
だから馬具を製造する仕事は、トントン拍子で軌道に乗っていきました。
そしてティエリは36歳の時に、「馬具の下請け店」をオープンさせます。
この小さなお店こそが、今や世界のトップブランドであるエルメスの最初の
地点となった訳ですね。
エルメスのロゴマークも、馬具職人だったことに由来しています♪エルメス

彼の卓越した技術と、良質な素材はたちまち話題を呼び、オープンして間もなく
すぐに一流店の仲間入りを果たしました。
ナポレオン3世や、ロシア皇帝の御用達だったことからも、ティエリの技術の
確かさが伺えますよね。

そしてエルメスの事業を大胆に方向転換したのが、創業者ティエリの孫である
3代目のエミール・モーリス・エルメスでした。
彼は「馬車の時代は衰退していく」と時代を先読みして、馬具の製作で培った
ノウハウを活かして、バッグなどの革製品の開発に乗り出しました。
エミールが最初に製造したバッグが「サック・オータクロア」っていうバッグで、
後のケリーバッグの原型となるものでした。

彼の予測は見事に的中して、次々と馬具工房が閉鎖に追い込まれていく中、
エルメスは事業の軸足を「高級革製品のブランド」に移して大成功をおさめます。
さらに事業拡大の手を緩めず、腕時計や服飾品、装飾品、スカーフ、香水なども
製造していきました。
それらはたちまち貴族やセレブたちの間で大人気となり、高級ブランドとしての
地位を不動のものにしていきます。

4代目のロベール・デュマ・エルメスは、サック・オータクロアを改良して、
「サック・ア・クロア」というハンドバッグを製造しました。
このバッグが、エルメスの認知度を一気に高める「運命のバッグ」になります。
その当時、妊娠していた女優のグレース・ケリーが、パパラッチに気づいて、
持っていたサック・ア・クロアでお腹をとっさに隠したんですね。
その写真が雑誌に掲載されたことで、エルメスの認知度が一気に高まりました。
エルメス ケリーバッグ
エルメスはこのビジネスチャンスを逃しません。
すぐにこのバッグを「ケリーバッグ」と改名し、【エルメス=憧れのブランド】
っていうイメージを、世界中の女性に定着させることに成功します。
この思わぬ出来事によって、ケリーバッグは、世界中で爆発的に売れました。

さらに5代目のジャン・ルイデュマ・エルメスは、「バーキン」を発表します。
このバッグも、女性シンガーのジェーン・バーキンに由来しています。
ジャン・ルイデュマ・エルメスが飛行機でたまたま彼女と隣の席に座ったんです。
その時に、彼女がボロボロのかごに無造作にモノを詰め込んでる姿を見て、
自分からバーキンに申し出ます。
「整理せずに何でも入れられるバッグをプレゼントさせて下さい♪」と。
こんなエピソードも手伝って、バーキンも空前の大ヒット商品となりました。
このようにエルメスのバッグには最初の所有者の名前のモデルが多いんですが、
視点を変えれば、知名度を上げるためのチャンスを常に伺っているんですね。

エルメスといえばシンプルで普遍的なデザインのモデルが多いですが、製造には
とことんこだわっていて、今でも創業当時からの伝統的な技術が根付いています。
エルメスのバッグは最初から最後まで1人の職人によって作られています。
そしてケリーバッグやバーキンには、ベルト部分の裏側に製造年、アトリエ名、
職人ナンバーが刻まれていて、修理する際にはその職人の元にバッグが送られます。
エルメス工房
この軸がぶれないからこそ、100年たった今でも衰えることのない高級ブランド
として世界中の人たちを魅了し続けているんでしょうね。

 

エルメスの買取相場

エルメスは特に日本では人気のある高級ブランドで、買取市場でも常に高値で
取引されています。
生産量も限られていることもあって、好みのサイズや色のバッグを手に入れようと
思ったら2〜3年待ちも当たり前という状況です。

中古市場でも大人気で、それに相応しい高値で推移しています。
エルメスは細部に至るまで女性のオシャレに気配りした「究極の作品」であるため、
新品・中古を問わず高価買取価格が期待できますよ。